内海新聞のブログ

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1886:医療SF「ケガ戦記」

前回のSF風の人体メカニズム小説がけっこう面白くてためになったとのことなので、他の場面も描くことにしました。医療SFとしておきます。今回は皆さんがケガしたら人体内部では一体どういうドラマがあるのか?書いてみます。

■ケガ戦記
 私は巨大な「主(あるじ)」の中で生きていた。この世界は巨大な人工都市なのだそうだ。外はどうなっているか、生まれてから一度も出たことなく知らない。

町は平和だった。今日も散歩して道を歩いていると消防署の人たちが隊列を組んで走ってきた。通り過ぎた後、隊員の人が走って私のところに戻ってきた。

「お嬢さん、落としましたよ。」
私はうっかり財布を落としていた。
「あ、ありがとうございます。」
「よかったですね。」
隊員の人は、がっしりした体つきでしゅんとした顔立ちで、笑顔で言った。
「どちらの消防署ですか?」
「われわれは、【血小板】という部隊です。いざという時は、みなさんを守ります。安心を。」
そういうと、彼は隊列に戻っていった。

私は彼の顔を覚えてしまった。また会えるといいなあ。

■来襲
 その日は突然やってきた。

 私は朝起きて朝食を食べていた。テレビをつけていつもと変わりない日常を伝えるニュースを見ていた。

コーヒー飲んで、パンを食べようとした時だった。
ものすごい音がした。窓ガラスがビリビリ震え出し床も揺れた。

私はあわてて外に出た。隣の人たちも飛び出ていた。
そこであり得ない光景をみた。
「空が、あいてる」

空が切り裂かれて、ぽっかり外が……見えている。

サイレンが町中鳴り響いた。そして、私の目の前を消防車と、隊員たちが走っていった。その中に、あの彼もいた。

「あ、どうしたのですか?」
彼は私を見つけると走ってきた。
「敵が侵入してきました。危険ですから家にいてください。可能ならシェルターに逃げてください。」
「どういうことですか?」
「この世界の外から外敵が侵入したのです。私はあの開いた穴をふさぎに行きます。だいじょうぶ。必ず守ります。」

彼は走りだした。そうしたら隊員たちは一斉にジェットムーバーで空に飛びあがって猛スピードで切り裂かれた空に飛んで行った。

私は、われにかえって家に戻った。

■前線
 隊員たちはジェットムーバーで編隊を組んで飛行し侵入地点に向かった。
「天井が破損している。やつらが来るぞ。全員、覚悟せよ。敵を1人たりとも入れるな。」

彼は隊長だった。
「隊長、レーダーにターゲットの反応あり、100はいます」
「よし、各自、侵入部分に取りつけ」

隊員たちは次々に、破壊された「空」の周囲にアンカーボルトをうちこみ取りついた。既に「やつら」はそこにいた。
見るも恐ろしいエイリアンたちが侵入を開始していた。
「撤退No!」
隊員たちは叫びながら、スクラムを組んで自らの体を盾にしてエイリアンの侵入をブロックしだした。

■主(あるじ)
「いたーい」
男は土手でサイクリングをしていて、転んでひざをすりむいていた。
一緒に走っていた看護師の彼女が戻ってきた。
「あー、やっちゃったね。水で洗おう。」
「おい、血出てるし、泥ついたしアルコールとかで殺菌しないと。」
男はポーチに入れていたアルコール殺菌剤を傷口に吹きかけた。

■現場
隊長たちの現場は、し烈を極めていた。エイリアンたちは隊員たちを切り裂いては殺し、町に入ろうとしていた。
「隊長、なんか上から変な液体が降ってきます」
「分析結果です。アルコールです。」
「バカ野郎?誰だ余計なことしやがって、俺たちが死んじまう。」
殺菌剤がかかった隊員たちが次々と「熱い」「助けてくれー」と言って死んでいった。
そして、裂けた皮膚のたんぱく質も溶かしてしまった。せっかくうちこんだアンカーボルトが抜けて転落するものもいた。

■最終「血栓
いっぽう地上基地では防空システムが起動されていた。
「司令、【フィブリノゲン】システム配置完了しました。」
「よし。フィブリノゲンミサイル発射。目標、血小板防御ポイント。」
「座標入力、フィブリノゲン、ターゲットセット。」
「発射」
ミサイルには複数の【フィブリン】弾が入っている。
数百列のフィブリノゲン防空ミサイルが轟音とともに一斉に発射された。

「隊長、もちません」
「もう少しだ。ご苦労であった。我々の死は無駄にはならない。祖国に栄光あれ。また会おう。」
閃光が空に広がり隊長たちを飲み込んだ。隊員たちの体はフィブリン弾の薬剤によって自ら固い【血栓】という殻になった。

「司令。フィブリン弾、全弾命中。血栓硬化始まりました。」
「レーダー基地からです。エイリアン10匹ほど侵入を確認。」
「【白血球】隊に位置を伝え撃破せよ。」
「了解」

司令は立ち上がった。
「【血小板】たちに敬礼」
司令部内の隊員たちは全員、硬化していく隊員たちに敬礼した。
涙を浮かべている者もいた。

■おろかな主
「アルコール殺菌剤しみるわー」
「何やってんのよ。それダメよ。昔はケガしたら傷口を殺菌剤で消毒とか言っていたけど。それやっちゃうと、せっかくの体の回復作業ダメにしちゃうのよ。」
「じゃあ、どうすんだよ。」
「清潔な水道水で洗い流すだけで充分よ。」
そう言うと、彼女は飲まないでいたペットボトルの水の栓を開けて彼の傷口を洗い、泥を落とした。
「あとは、そうね。サランラップまいとくといいわよ。」
彼女は背負っていたリュックからサランラップを出して傷口をおおって巻いた。たちまち傷口の部分のサランラップの中は丸い血だまりになった。
「え、そんなことしていいの?」
「傷口って、こうやって血が外に出てたまるでしょ?【血漿(けっしょう)】っていうんだけど。しばらくしたら固まるでしょ?かさぶたにしておくと中で、細胞が再生を始めるの。だけど、傷口を外に出したまま乾燥させてしまうとせっかくこうして出てきた血漿がパーになるのよ。なので乾かさず血漿の液体を濡れたままにしておいたほうが全然早く治るのよ。」

「へえ、知らなかった。ありがとう」

■掃討作戦
「こちらアルファ、ターゲット着地しました」
「了解。チームA、右に展開。チームBは左から背後に回れ。」
地上の白血球部隊は、エイリアンに近づいて狙撃体制に入った。
「ターゲットロックオン」
そのとき、轟音がした。家が破壊され崩れ落ちた。
「こちらチームA、マクマランが奴にやられました。他の隊員も家の下敷きになりました」
「メディック(衛生兵)!」
「全員死にました。」
「チームB、敵は銃ではダメだ。全員で取り押さえろ。」
「ラジャー。サンダース、ブルー、行くぞ。」
チームBの連中は勇敢だった。エイリアンに次々突入してスクラム組んで羽交い絞めにした。暴れまわるエイリアンは彼らの身体を突き刺し、食い殺す。それでも彼らはスクラムを外さなかった。
「チームC、チームBの支援頼む。」
「ラジャー。待ってろ。俺たちも行くからな。祖国に勝利あれ。」
チームCの全員もエイリアンにしがみついて自爆し、壮絶な戦死をとげた。

激しい熱と閃光が周囲に飛び散る。

■テレビのニュース
私は部屋のテレビを見ていた。緊急ニュースとライブ中継が続いていた。
「本日、午前11時ごろ、エイリアンが天井を破壊して侵入しました。大統領の談話があります。」
映像が官邸スタジオの大統領になった。
「国民のみなさん、本日、エイリアンが町の天井を破壊して侵入しました。今、軍の【血小板】部隊が壮絶な戦いを行い、これを撃退しています。安心してください。わが軍は絶対負けません。家にいてください。シェルターに行ける人はシェルターに避難して下さい。」
映像は、赤く光り輝く空を映し出していた。

「血小板部隊って」
私は、はっとした。
「あの人が……お願い、生きていて。」

アナウンサーが暗い表情で話す。
「たった今、12番地区で爆発がありました。【白血球】部隊とエイリアンが戦闘の模様です。」
ヘリの実況中継が入る。
「ただいま、現場上空です。住宅地で大爆発が起き火災発生【炎症】状態です。」

■そして戦いは終わった
 白血球部隊の壮絶な犠牲によって、エイリアン達は駆除された。

町は再び平和を取り戻した。戦死した隊員たちの遺体、エイリアンの死体は形が分からぬほどの山になっていた。それらも【NK細胞】戦車が破壊・解体し【アミノ酸】に分解してリサイクルされていった。

■こども
「お父さんどこに行ったの?」
母親は泣いていた。でも涙をぬぐって子供に優しく言った。
「お父さんはね。【血栓】になったの。お父さんは、お前を守って天国にいるの。」

■命の再生
 数週間して隊員たちの血の海で固まって通れなくなった道路も清掃会社の【プラスミン】という薬剤で溶かして通れるようになった。

そして、破壊された天井の修復作業が始まった。建設会社が【肉芽細胞(にくげさいぼう)】の盛り土をして陥没した地面を埋めた。そしてその上に【繊維芽細胞(せんいがさいぼう)】によるドームを建築した。ドームは内側から屋根をつくっては重ねてジャッキアップしてどんどん盛り上がり、半年かけてやがて元の天井になった。

私は、白いレースのカーテンが光る朝に目覚めた。
いつものように朝食を食べて、公園に散歩にでかけた。

公園には「【血小板戦士の碑】が立っていた。
「隊長さん、ありがとう」
「ありがとう」
その時……声がした気がした。
当たりを見渡したが誰もいない。
「だれ?」
「私です。」
「隊長さん?生きてるの?」
「生きてます。こうして。死んでませんよ。姿が変わっただけです。」
涙があふれてきた。

「みんな、つながってるんだね。あなたも私も」

(内海君:小市民)