内海新聞のブログ

1996年創刊の我が国最初の電子新聞

1863:小説の書き方1「何をどう書くべきかわからない場合」

 読者の若い人で「小説を書いてみようと思うが、やったことがないのでやり方がわからない」という相談がありました。

個別にやると面倒なので、全国の読者でも「小説や文章書きたい」という人いると思うんで、私のノウハウ、書き方を伝授しておきます。

■私のスキル
 内海新聞を1996年に発行して、読んできた人にお会いすると「文章うまいですよね」「どうやって書いているんですか?」と聞かれることがあります。

私の場合、作文自体は小学生までそれほどうまくなく下手だったと思います。

ただ、習字・書道を始めたのは幼稚園で、中学の時は楷行草で三段持っていました。
中学の時は学芸会の垂れ幕とか先生に頼まれ「代筆」していました。

そのあとも角川書店で働いていたときも、パーティの招待状のあて名書きを課長から頼まれて代筆していました。

父も習字は全く上手で、文系事務のビジネスマンとしては優秀な人間でした。

■習字やるメリット
 書道とか習字やると「字を好きで書く」ようになります。書くと「覚える」んですよ。だから、勉強で覚えたかったら「教科書を自分で手書きで写して書き直す」といいんですよ。書くと覚えるんです。そういうふうに人間はできてる。

字が好きだと読むのも好きになるし得意になる。

■私の書道が続いて上達した「スイッチ」
 実は、私が書道をやっていられた「モチベーション」を作ったのは、親ではないです。他人なんです。しかも全く関係ない……

小学校1年のころ、保護者参観ありますよね。その時、硬筆の時間で自分がお手本まねして書いていたら、後ろで立っていた他の子の親が私の書いているのをのぞきこんで
「この子、字上手だね」
って言ったのです。お世辞でなくてそのあとも、隣のお母さんに
「この子、字上手だわ」
って感心して言っていたのです。

「え?そうなの?」
自分はまったくそう思ってなくて、うれしくなりました。
それから、熱心にやるようになった。

だから、人の才能って自分でもわからない、親でもわからず「気づいていない」ことが圧倒的に多い。

だから、先生や周囲の人が何気なく気づいた「一言」がその子の勉強のスイッチやエネルギーを生み出すきっかけになる。

このことは、あなたも親御さんも知っておいてほしいです。
「なんで、できないのよ」ってなじる前に

「お前、それ才能あるじゃん、すごいじゃん」
って褒めてあげることこそ「重箱の隅」つついてやってほしいです。

■小学生で本好きになったわけ
 小学生の時は、みんなと同じで図書室いきますね。ただ、自分の場合は「第二次大戦の戦記物」とか「江戸川乱歩推理小説全集」とかを読んでました。推理小説面白かったので、図書室の本は全部読んじゃったかな。ホームズやルパン、エラリークイーンとか……

結局「読むのが好き」になるほうが大事だろうね。

■中学生から論説書くようになった
 中学生になるとワープロ母がやるといって買っていたので、それで文章うつのが好きで自分の意見を述べる「論説」を書いていました。

 それも言われたわけではない。ただ、中学の先生が本多勝一ルポルタージュとか好きでそれを授業で教材で使うので、読んでいたら「面白いな」「政治批判とか鋭くてすごいな」と面白がって読んでいた。

 中学と高専の前半の14歳~17歳の4年間で本多勝一の「貧困なる精神」(40巻ぐらいあった)は全部読んじゃったね。彼のルポルタージュとか著作も全部読んだと思う。

 その中に「日本語の作文技術」という本があって、これが、右翼とか左翼関係なく「文章の書き方」を明快に論理的に書く方法を教えていて役に立ちました。この本は今でも大学の先生とか高校の先生も勧めていると思う。
【新版】日本語の作文技術 (朝日文庫)
https://amzn.asia/d/8cpXJKO

■理系弱かったけど、文系は強かった
 小学校の先生は「勉強で優秀なのは理系より、本当は文系。特に社会の教科が得意な子は本物だよ」ってよくおっしゃっていました。

「社会科が好きだ、っていう子は本当に勉強ができる子だ」って。

ふーん…と、社会科は好きだったね。いっぽうで「論理的な文章」とか本多さんの著作をほとんど全部読んでしまっていた自分は、論説文でオトナや大学生をうならせるだけの書き物がすっかりできるようになっていました。

結果として、私は都立高校の入試5教科で国語は100点とりました。数学は75点だったんだけど。先生方もびっくりしていました。

■私に小説がうまいと褒めた人
 意外なんですけど、高専に入る前は自分でも小説とか苦手なんです。へたですよ。おもろくない。

 ところが高専の1年目だったな、まだ普通の高校レベルの授業なんですが国語の時間があって、先生は筑波大学から来た人だった。高専は理科系なんで文系は軽んじられる。正直国語なんて……やる気ゼロだよね。

 授業で「短編小説を書いてみよう」という時間があり先生が「ストーリーのテーマ」を示して20分ぐらいで原稿用紙2枚程度の小説を書かせていました。

 それで、私は「なんだよ」って、面白がって小説を書いて提出しました。そうしたら、先生が授業のたびに、私の席の横に立って
「内海は、この学校にくるべきではなかった」
って、言うんでクラスメートが大笑いするわけですよ。

「内海、お前小説うまいな」
って、みんなの前で読み上げるしね。

確かに私の小説、文章上手で面白かったんですよ。
文学的表現にあふれているし、ストーリーもぐいぐい、引き込んで感動する書き方できるんで。

今思うと、父は向田邦子のような放送作家を目指して東京に出て早稲田の学生時代小説を書いていたそうですが、母も知人も「お父さんの小説、へたくそで面白くない」ってよく言っていました。

本人はできると思っていたようですが……ダメだったようです。

でも、子供の私は父を超えていました。笑えるね。

■小説書いたのは遅かった
 20歳~26歳ぐらいかな小説書いていたのは。短編ですけどね。それからは縁が遠くなった。

内海新聞のような論説とか解説記事を書く方が増えた。

■で、本題
 何から教えておこうか。そういえば、私が京都大学の哲学研究会で発表した「なぜ文系の人は理系が分からないのか」
http://www1.odn.ne.jp/~cad79480/utumisoken.html
という論文があります。

そこで「文章の書き方」を解説しています。これは、文章の骨組みを論理的に説明することで実はド素人でも「文学的表現」が簡単に書けることを示しました。仕組みがわかれば誰でも上手に詩とか小説、論説なども書ける方法です。

これ、読者の中学生のご家族にお会いした時「娘が読んで面白かった」と言われました。

なので小中学生でも読んで、私のまねすれば「いきなりプロ小説家」みたいに書けるようになります。

■ITツールは「自由な思考を助けるいいツール」です
 私の場合ワープロで中学2年(14歳)ぐらいから文章書いていたので、何事もワープロの上で「文字を並べて」「削除、挿入」して推敲するくせ……当時の時代の最先端をいっていました。

なので、今でもPCのテキストエディターで文章を書いています。

1.まず、思いつくことを、そのまま打ち込んでみる。
2.あとは、文字を消したり、追加したりして「文章を膨らませる」

これだけです。それは、細胞が1つポツンと現れて、増殖していくのに似てるかな。

なんか書いてみようか?

■内海新聞はどうやって書いているの?
 よく聞かれるのですが、これだけの長さの文章、どうやって書いているのですか?

私の場合「いきなり書き出して、ほとんど手直ししないで、そのまま終わり」です。

頭の中で思ったことが、そのまま文章になるだけです。

でも、世間の人は「やれ、原稿用紙に書いて」「丸めて捨てて」とか「うんうん、うなって」悩む人も多いと聞きます。

私の場合、「思考・想像即文章」なのです。

手紙も、小説も、論説も、全部……

なので、恐ろしい勢いでタイピングして文章が書かれるけど、あとは書き終えて読んで、スッキリしない文、間違いを直しているだけです。

■「風景」を書いてみる。
 文章で風景を描写してみましょうか?

「夜明けと朝」というキーワードで「小説書いてみろ」と言われたら
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まず私の場合「脳のスクリーンに映像を描きます」
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(A)「真っ暗な夜が徐々にお日様の光がさしてきて、明るくなり、太陽が見えて、すがすがしい空気、鳥のさえずりが聞こえている」
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こういう映像が、脳の中に浮かび上がります。想像です。もちろん、この映像を自由に変更することができます。鳥だけでなく、池にもフォーカスがうつって池の水面が光る様子とか……自由自在です。

じゃあ(A)のビジョンをもとに「純文学風の小説」にしてみましょう。純文学というのは最近の芥川賞はまるでダメですけど「直接的表現」でなく「文章的表現」で読者に「情操豊かなイメージ」を想起させるような文章です。

今の小説が全くダメなのは「ただの説明文になっている」ことです。今のダメレベルの小説で書いてみようか?

【最近の本屋で並ぶダメ小説のレベル】を書いてみようか?
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「朝になった。カーテンを開けると日差しが目に刺さる。窓を開けると冷たい空気が顔にあたる。気持ちいい。バルコニーに出て庭を見ると鳥が鳴いている。」
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……こんな感じかな?いや?私の方がすでにいい文章にしちゃってるけど、今の人、作家は滅茶苦茶だね。ただ「ありました」「やりました」みたいな説明文、さらに「会話」だけで小説にしている。

こんなの昔は「クソ」扱いだった。小説と言えなかった。それが……今はまかり通っている。

文学的表現というのは「説明」ではないんだよね。「読んだ人にイメージを想像させられる」ことなんだ。そこに芸術性があるのに……ないよな。今の小説。本屋に並んでいるやつ。芥川賞直木賞もクズだらけ。レベルゼロまで落ちた。

【私が純文学的表現で書くなら】(A)のビジョンをもとに
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 ふと目が覚めるとカーテンの向こうの夜が白い光で明るくなっていた。いつのまにか白い光があたりを包み、太陽の光がまぶしく顔に当たってきて、思わず目をつぶった。
 私はベッドから起き上がるとカーテンを開けた。
「チュン、チュン」
何かが鳴く声が聞こえる。
 ガラス窓を開けてベランダに出ると、ひんやりした空気が顔に当たる。空を見上げると青く雲のない透き通った空をオレンジ色の太陽が水平線からどんどん上がっていく。オレンジ色のグラデーションが広がっていく。
ふと庭の桜の木を見ると一羽のスズメが枝に乗って鳴いていた。
「おはよう」
私はスズメに話しかけた。スズメは一瞬私の方を見た気がした。だけど、そのまま飛び去った。
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具体的に書くより「間接的表現」によって「読む人にイメージが湧いてくる」書き方をするのが小説だね。

■感動的な文章を書きたければ
 それは、小説で取り上げるテーマに自分に「思い」がないとダメです。ほとんどの人が「自分で常日頃社会問題を考えていない」ので「わからない」「何を書けばいいのか?」という人ほど「社会とか、人類とか、生命とか大きなテーマ」を考えていない人たちです。

世の中って、あなたもそうでしょうけど「自分が」の人ですよね?

「おれ、うつ病になったどうしよう。武田先生助けて……」

という人が多いんですよね。でも、私からすると
「あなたは、いいね。自分の事だけで苦しんでいる」

でも、私は、世界の人、戦争で死んだり、公害で苦しんだり、今日も、アフリカやアジアでは飢餓貧困、病気、不条理な政治や体制で死んでいく人……いっぱいいる。

ウクライナでは若い人も、有能な芸術家、スポーツ選手ですらも、木の葉のように死んでいく。ミサイルで体が粉々にされる。家も芸術作品も燃えていく……

どうしたら、それがなくせるか?私はそっちを毎日考えて、つらい思いをしています。
日本人として、日本国民として、自分には何ができるだろうか?
そういう思いで、この内海新聞を1996年から出し続けてきました。

以前、武道家の前田比良聖先生の件やっていたときも、弟子のほとんどが「メンタルいったので」「先生に助けてもらいたい」で「すがってくる」人が多いので、先生はその人たちの面倒で大変でした。

誰も「先生に迷惑かけないように自分がしっかりしよう」って考えない。思わない。
「先生たすけてー」ばかり。

ダメだよね。それじゃ。

でも、あなたが「戦争や公害のない社会にしたい」「子供が国道でダンプでひき殺されたのを繰り返さないようにしたい」「離婚や育児放棄でさまよう子供がいなくなる世界にしたい」と思うなら……。

少しでも……そういう事件や問題に遭遇して「なんとかしたい」と思うなら、「どうすべきか?」って自分の意見を持つなら、そこに立派な小説家としての「芯」「軸」ができるわけ。

人間として。

その「芯」「軸」の思い、考えを小説の「言いたいこと」にこめなさい。

そうしたら、あなたは小説を書くことができるようになる。

でも「言いたいこと」は直接書いてはダメです。どういうこと?

先ほどの京大で発表した論文に書いてあるけど、あらゆる文章の構成はこのモデル式に集約されています。

S+O=V
「何は(S)」「どのように(O)」「どうした(V)」

そこで「Vたる結論をあえて書かない」であえて見せない、ブラインドすることで「読者はVを想像する」「自分のものとして考える」チャンスや機会を与えることが小説のだいご味であり、作家の使命なのです。

結論Vは言わないけど、読んでいると「V」が見えてくる、分かってくる、その時に感動が生まれます。

わかった?このセオリーを知っていれば、あなたは感動の名作を書ける作家になれる。

■不朽の名作、数百年以上読まれる作品にしたければ
 その場合はですね「時代を記述する、具体的な数字や名詞を使わない」ことです。すべてを抽象的表現にとどめる。

昔話が……そうですね。細かく具体的に書いてしまうと「その時代の出来事」で限定されてしまう。

だから、あえて「具体性がない」「抽象的表現」で話を作り上げられると……時代を超えて永久に面白い作品になる。

■余興で小説書いてみました
 とりあえず、短編小説の例を書いてみます。
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小説「金魚」

 ある日、私はペットショップに行った。何万円もする熱帯魚やメダカとかがいっぱい並んだ水槽で売られている。
 その一角に小さな金魚がいっぱい入った水槽があった。砂も水草もないがらんどうの水槽に金魚たちがすし詰めで入っている。
「1匹25円」「100匹で18円」
すごいね。でも何でこんなにいっぱいいるのだろう?
私は店員に聞いた。
「この金魚って、なんでいっぱいいるんですか?」
「あー、それは、餌用です。肉食魚とかの。」
世の中には金魚を生餌にする魚がいるようだ。
「かわいそうだな」
私は思った。
「これ、家で飼ったらダメなのですか?」
「やめたほうがいいですよ。どうせ食べられるからずっとエサやらないでいるので長生きしませんよ。」

私には金魚たちが人間と同じに見えた。
「もし、これが人間だったら、どうだろうか?生きるのでなく、死ぬために生かされている……。あまりにもひどい。生きちゃいけないの?」

私は決めた。
「すみません。この金魚、100匹ください。」
「わかりました。」
店員は事務的に水槽から金魚をすくってビニール袋に入れた。結果的に私は水槽の金魚を全部買い取った。

家に帰って、私は水温をあわせるために金魚が入ったビニール袋を池に浮かべた。すると、以前から飼っている金魚が浮かんだビニール袋に寄ってきた。この金魚も1年前にペットショップで買ってきた小さな金魚だった。そうしたらいつのまにか10センチぐらい巨大になった。

大きな金魚は、ビニール袋の中にいる金魚に寄り添っていた。
「こんにちは」
「早くおいでよ」
「よかったね、あんなところで殺されなくて」
小さな金魚たちもビニール袋ごしに大きな金魚のほうに寄っていた。

「魚って、魚どうしで話すのかな?」
私にはそう言っているように見えた。時間がたって私はビニール袋の金魚を池に解き放った。店員の説明と逆に、小さな金魚たちはほとんど死ぬこともなく、元気に池を泳ぎ回りどんどん大きくなり出した。

ある朝、いつもどおり様子を見ようと池に行った。

すると、目の前にあの大きな金魚が落ちていた。

「あ?死んでる」

私は、しゃがみこんで横たわっている金魚を見た。
どうして池から飛び出たのだろう?ネコか?カラスのしわざか?

10センチぐらいの金魚は池の脇の地面の上を転げまわったのか、砂にまみれ尾ひれの先はボロボロにちぎれていた。

でも私はそういう時、すぐ埋めない。しゃがんだまま、金魚の顔と口をじっと見ていた。
すると、わずかに金魚は口を動かしていた。
「まだ、息がある」
私は金魚を地面から救いあげると、池にそっと入れた。
「無理かな」
金魚は横になって浮いて池の流れをゆらりと漂っていた。

そのとき池の小さな金魚たちが、浮いている金魚の周りに集まってきた。そして寄り添っているのだ。
「だいじょうぶ?」「元気出して」
そう言っているように私は見えた。

小さな金魚たちは浮いている金魚の周りをずっと泳ぎ続けていた。

「なぜ?金魚って……まるで人間……いや、人間より仲間を大事にしているじゃないか?」

しばらくして金魚はゆっくり動き出した。でも浮いたままだ。

私はいったん池を離れた。
数時間後、金魚の姿は見えなくなっていた。
「だめだったか?」
と思ったら池の中をあの金魚が泳いでいた。
「生き返った」
そして、金魚の周りを小さな金魚たちも一緒について泳いでいる。

数日後、金魚は復活した。
そして今は小さな金魚たちの群れを率いて元気に泳ぎ回っている。
魚ってケガや病気をしても自分で大体は治癒して再生するのだと聞いた。

私はハッとした。
「ウソだ……魚には人間のような心や魂がない、人間より劣るただの生き物……それってウソだよ。魚は人間にわからないだけでちゃんとお互い話もするし仲間を守ろう、いたわろうする。魚は学校にも行かないよ。そういうこと誰にも教えられないのに……なぜできるの?

なのに、自分たち人間はなんなの?仲間をいじめて殺し、自分だけよければ、生き残ればいいと思っている……」

あの金魚があなただったら
あなたは自分だけで自分自身を治せるだろうか?

道路に横たわるあなたを、誰か助けてくれるだろうか?

よそよそしく通り過ぎる人がほとんどじゃないだろうか?

私は金魚たちの行動に真理を見た気がした。

自分たち人間はどうだろう?

(内海君:小市民)